前回の記事ではシティポップ概論をお届けいたしました。
シティポップというジャンル自体について前回お話ししましたが、今回は更に掘り下げて、80年代〜90年代シティポップを支えたアーティストと、これだけはチェックしておきたい名盤をSAMERECORDS視点で全10作品ピックアップ!
シティポップといえば…という入門盤5作と、もう一歩踏み込んで聴きたいときにおすすめの5作をまとめてご紹介。どれも色褪せない名盤たちなので、ぜひ一度は聴いてみてほしいな。
まずは押さえておきたい入門盤5作
大滝詠一「A LONG VACATION」
日本人なら誰もが一度は聴いたことあるような邦楽ポップス史に残る名曲を数々生み出してきたミュージシャン、大滝詠一。日本語ロックの草創期における最重要バンド“はっぴいえんど”1のメンバーでもあり、音楽プロデューサーやレーベル主宰(ナイアガラ・レーベル)としても多くの功績を残しました。
そんな大滝詠一の1981年3月21日発表となる代表作『A LONG VACATION』。
今作は、はっぴいえんどとしても肩を並べていた盟友・松本隆がほぼ全曲の作詞を担当、「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」の作詞と、全曲の作曲を大滝が担当しています。アルバム制作開始時に最愛の妹が病気で亡くなり作詞を降りるつもりだった松本に、発売を延期してでも詩が書けるようになるのを待った末、「君は天然色」「カナリア諸島にて」という名曲が生まれたという有名なエピソードがあります。
洋楽ポップスを日本語ロックに再構築するという文脈において金字塔的作品。邦楽ファンなら一度は聴いておきたい作品であると共に、1枚は手元に置いておいて損はない作品です。
山下達郎「FOR YOU」
日本を代表するミュージシャンの一人であり、ヤマタツの愛称でも親しまれる山下達郎。
1975年、ナイアガラレコードよりシュガー・ベイブのデビュー作であり唯一作品となる「SONGS」を発売。翌年76年バンド解散し、同年にソロアルバム『CIRCUS TOWN』でソロデビューを果たしました。
数々のヒット曲を生み出す中、予算やレコーディング環境など音楽的にも更に高みを目指し没入していけるようになり、満を辞して制作されたのが1982年1月21日発売『FOR YOU』。
作品の完成度が高いのは言うまでもなく、隅々まで山下達郎のこだわりが凝縮されている隙のない名作。海、山、街など、あらゆる夏のシーンのBGMとしても多くの人々の思い出の中に流れている作品であることも間違いないでしょう。当時聴いていた人は懐かしく、リアルタイムで触れていなかった人が聴いても心惹かれるだろう時代を超えて愛される名盤です。
竹内まりや「VARIETY」
80年代邦楽史を彩るシンガーソングライター、竹内まりや。
1984年4月25日発売『VARIETY』は作詞・作曲を本人、アレンジ・プロデュースを私生活では夫である山下達郎が手掛けている作品。この作品に収録され翌年シングルカットされた「プラスティック・ラヴ(PLASTIC LOVE)」は、2010年代以降のシティ・ポップ・ブームの重要作品にも位置付けられ、海外リスナーにも多く広まるきっかけになりました。
竹内まりやの柔らかく深みのある歌声は、日本の歌謡曲の雰囲気を端々に感じさせつつも、80年代シティポップ・サウンドと絶妙に融合し楽曲の魅力を更に高めています。彼女の才能と溢れる魅力を改めて感じさせる名作です。
松原みき「POCKET PARK」
JAZZYで美しい歌声が魅力のシンガーソングライター、松原みき。
1980年1月21日発売デビューアルバム『POCKET PARK』。一曲目には1979年発売デビューシングル「真夜中のドア~Stay With Me」が収録されています。この楽曲は2010年代のシティ・ポップ・ブームにおいて、上記で紹介した竹内まりやの「プラスティック・ラヴ」と共に大きなブームを巻き起こしたことで知られています。今では海外リスナーがシティ・ポップと言って思い浮かべ、日本語で口ずさむことができるほどの人気曲になっています。
母親がジャズ歌手であることからジャズにルーツを持っていることもあり、当時二十歳そこそこだったとは思えないほど大人っぽく深みのある魅力的な歌声が、シティポップの「都会の夜」の雰囲気にマッチしています。
全曲を通して、その表現力にどっぷり浸かれるシティポップ名盤。
シュガー・ベイブ「SONGS」
1972年に自主制作盤を制作したメンバーで、1973年に結成された日本のポップスバンド“シュガー・ベイブ”。
インディーズで活動し、1976年に解散するわずか3年の活動期間ですが、大滝詠一主宰のナイアガラ・レコード第一弾作品として1975年4月25日に発売された唯一のアルバム作品『SONGS』はシティポップ名盤であり日本の邦楽史にも残る名盤です。
シュガー・ベイブは山下達郎、大貫妙子を筆頭にその後の邦楽界で活躍する面々を輩出したことでもお馴染み。
シュガーベイブの「SONGS」に関してはシティポップ前夜譚というべきか、シティポップの原点的な煌めきを感じます。活動当初はアンダーグラウンドなバンドでしたが、時を経てバンド、作品共に評価が高まっていきました。洋楽ポップスやソウル/ファンク、AORといった要素を盛り込んだ先進的で実験的なサウンドは、当時の歌謡曲全盛期の音楽シーンに対してのカウンターとして後世に多大な影響を及ぼしました。
シティポップ名盤であると共に邦楽史に燦然と輝く重要作です。
もっと聴きたい!となった時のオススメ5作
杏里「Timely!!」
高い歌唱力に裏付けされた健康的で溌剌とした歌声が魅力のアーティスト、杏里。
彼女の代表曲に挙げられるだろう「CAT’S EYE」「悲しみが止まらない」などの楽曲を収録した6枚目のアルバムが、1983年12月5日発売『Timely!!』。この作品は角松敏生が全編プロデュースを手がけており、杏里のみならず彼のプロデューサーとしての出世作とも言えるシティポップ人気盤です。
杏里の夏が似合う伸びやかな歌声と夏のリゾートを彩るシティポップの親和性は非常に高く、当時の角松敏生のサウンド感ともマッチして完成度の高い作品に仕上がっています。
この当時の夏の煌めきを余すことなく閉じ込めた傑作アルバム。
角松敏生「ON THE CITY SHORE」
シンガーソングライター、そして音楽プロデューサーとしても長年活躍し続けている角松敏生。
1981年発売デビューアルバム『SEA BREEZE』、翌年82年発売『WEEKEND FLY TO THE SUN』、そして3枚目となる83年発売『ON THE CITY SHORE』までの三部作は特に夏の風景や海岸のリゾートを彷彿とさせるシティポップに仕上がっています。特にこの『ON THE CITY SHORE』からはセルフプロデュース、全作詞作曲編曲での制作が始まり、より角松敏生の魅力が色濃く反映されている作品です。色褪せることのない夏の名盤。
この次のアルバム「AFTER 5 CLASH」では都会の夜の街をフューチャーしており、角松敏生が描くシティポップの昼と夜を楽しめるので、まずはこの2作品から聞いてみるのもオススメです。
角松敏生といえば、レコード店員時代のエピソードをひとつ。お客様から「随分昔にタバコのCMになっていた曲を探しているんだけど」というご依頼を受けて色々調べてみたところ、角松敏生のマイルドセブンのCMに使われていた「SEA LINE “RIE”」という曲だったことが分かりました。その方にとっては思い出の曲だったようなので、お手伝いできて良かったなという思い出です。ちなみにこの曲は1987年6月6日先行シングルとして発売され、’87年『SEA IS A LADY』というインストアルバムに収録されている楽曲です。
吉田美奈子「LIGHT’N UP」
ソウルフルな歌声と類稀なる楽曲センスで、音楽ファンのみならず数々のアーティスト陣からも支持され続ける“ファンクの女王”吉田美奈子。
今まで多くのアーティストにカバーをされてきた「夢で逢えたら」(大瀧詠一作詞・作曲)や、シティポップ人気曲で言えば「恋は流星」などの代表曲があります。シティポップ名盤として紹介される作品も多数あり選びがたいのですが、個人的にオススメなのが1982年9月21日発売「LIGHT’N UP」。
前作『MONSTERS IN TOWN』でファンキーでソウルフルな実力を見せつけた彼女が、唯一無二の魅力はそのままに洗練された都会的な楽曲達を詰め込んだシティ・ポップ名盤。目を閉じれば都会の夜の情景が思い浮かぶような、大人のシティポップです。
大貫妙子「SUN SHOWER」
透明感のある歌声と独自の路線でシーンを切り拓いてきたシンガーソングライター、大貫妙子。
山下達郎と共にシュガーベイブとしてデビューし、解散した年の1976年9月25日発売ソロアルバム『Grey Skies』にてソロ活動を開始。翌年1977年7月25日発売『SUN SHOWER』は、まさに初期シティポップの金字塔として君臨する名盤です。
フュージョンやクロスオーバー、AORと言ったジャンルを取り入れたサウンド面でも革新的な作品。大貫妙子の透明感がある美しい歌声が絡み、都会的かつ洗練された楽曲に仕上がっています。どことなく皮肉めいた歌詞や一筋縄では行かないアレンジにもぜひ注目して聴いていただきたい名盤です。
村田和人「ひとかけらの夏」
ロックなサウンドと歌声が魅力のシンガーソングライター、村田和人。
山下達郎主宰のMOON RECORDSよりデビュー。同じく山下達郎全面プロデュースとなる2ndアルバムが1983年6月25日発売『ひとかけらの夏』。代表曲のひとつで色褪せることない名曲「一本の音楽」に始まり、時に疾走感に溢れ、時にしんみりと聴かせる名曲の数々に胸を打たれます。
洋楽ロックに強く影響を受けているサウンドと、力強さと哀愁を兼ね備えたボーカルが魅力的。燦然と輝く夏の眩しさを感じるシティポップ名盤。バンドサウンドが好きな人には特にオススメのシティポップ作品です。
最後に
70年代、80年代を駆け抜けたシティポップのアーティスト達を一挙ご紹介いたしました。
後世に多大な影響を残した色褪せることのない名盤達。まだまだここでは紹介しきれないほどたくさんの名盤が世の中には溢れているので、シティ・ポップ・ブームの中で再評価されている作品は勿論、関心を持った方はぜひ深掘りしていただけたら嬉しいです。
昨今のシティ・ポップ・ブームを受けて名作が再発したのもありサブスク解禁している作品も多数ありますが、この時代の作品はまだまだデジタル化されていないものも多いので、ぜひレコードやCDを探して聞いてみるのもオススメです。新しい扉を開くきっかけに、いかがでしょうか。
▼脚注 ※末尾の矢印(←)クリックで本文の該当箇所まで戻れます
- 【バンド解説】はっぴいえんど…細野晴臣、大滝詠一、松本隆、鈴木茂からなる日本語ロックバンド。1969年に細野、松本が五人組バンド“エイプリル・フール”を結成。エイプリル・フールが音楽性の違いで解散が決まる中、大滝・鈴木を引き入れて、“ばれんたいん・ぶるう(ヴァレンタイン・ブルー)”を結成。その後、1970年にはっぴいえんどに改名した。 ↩︎